最後の20秒間が救った多くの命 自衛隊機墜落事故の真実



1999年(平成11年)11月22日に自衛隊の航空機墜落事故が発生した。

当日、47歳男性二等空佐と48歳男性三等空佐の操縦によりT-33Aが入間基地を離陸。

航空自衛隊のベテランパイロット2名がT-33Aによる年次飛行(デスクワークパイロットなどが年間に定められた飛行時間を確保し技量を維持するための訓練)からの入間基地への帰投中にエンジントラブルが発生した。

離陸から40分後、脱出をしようとしたが、機首方向には狭山市の住宅地が広がっていた。

その20秒後、入間川河川敷に差し掛かったときに、射出座席により脱出したが、すでに機体はバランスを崩し、脱出に必要な高度を確保できない状態だった。

機体は送電線に接触しつつゴルフ場内に墜落した。

一方脱出したパイロット2名は、パラシュートによる減速効果が得られないまま、地上に激突して即死した。

墜落の直前まで2名は基地手前にある入間川沿いの住宅地や学校を避けるために操縦を続けた結果、脱出が遅れ共に殉職したと考えられている。

緊急脱出は、13時42分14秒及び同27秒に通報されたが、この時点では、事故機は住宅密集地上空を飛行していたこと。

事故機操縦者は、その時点で脱出することなく、入間川河川敷に接近するまで操縦を継続し、送電線接触直前の13時42分35秒前後に脱出したこと。

両パイロットが脱出不可能な段階になってからも脱出装置を作動させたことについては、脱出装置を担当した整備士が責任を感じないようにした配慮ではないかという見方もある。

航空自衛隊では、「制御不能なら脱出せよ、ただし民家に被害がないように」と教育していた。

最終的に、パイロットおよび整備員に過失はなかったとして、2002年(平成14年)9月に埼玉県警察および狭山警察署は、被疑者不詳のまま航空危険容疑で浦和地方検察庁に送検した。この時点までに、両パイロットともさらに1階級特進し、それぞれ空将補・一等空佐となっている。



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