小児がんだった息子の願い



歳の離れた弟は体が弱く、小さい頃から何回も入院を繰り返していて、両親に代わって僕がお見舞いにいくことがよくありました。
同じ病室には小児がんでずっと入院している子が何人かいて、特別人懐っこいF君と僕は弟と同じくらい可愛がっていました。
F君は何年もほとんど病室から出たことがなく、F君のご両親曰く、病状も思わしくない状況が続いているとのことでした。
それでもご両親も、F君も、いつもとっても明るいんです。
親子で話しているときは、ごく普通の幸せの家族そのもので、僕の弟はF君ほどの重病ではありませんでしたが、入院のストレスで塞ぎ込むことも多く、F君一家の明るさには驚かされていました。
しかし、ある時期を境に、F君の病状は僕の目から見てもわかるくらいに悪化していきました。
僕もなんと言葉をかけていいかわからず、当たり障りのないことを話すことしかできなかったのですが、それでも病室ではF君のご両親はいつも通りに明るく振る舞い、F君も調子が悪い中でも笑顔を絶やしていませんでした。
「本当に強い家族だな…」と驚いたものですが、お見舞いに行った帰りのタクシー乗り場で、F君のご両親が泣いているのを見て、僕は胸が締め付けられる思いでした。
またその後、F君がベテランの看護師さんに「僕は、あとどのくらい生きられるの?」と聞いているのを聞いてしまった僕は、F君家族が病室で無理をしてでも明るく振舞っていることに気づき、涙が止まらなくなりました。
それから数週間して、F君のがんはさらに重くなったようで、重症患者の病棟に移りました。
僕は、ご両親が帰った後に不安そうな表情で自分の余命を訪ねるF君の姿が忘れられませんでした。
その後、F君が亡くなったことをF君のご両親から聞かされました。
「今まで仲良くしてくれてありがとう。」と、弟におもちゃを持ってお礼を言いに来てくれたF君の両親は、見たことがないくらいに憔悴しきっていました。
大人でもその副作用に苦しむくらいですから、子供にとっての抗がん剤治療はとても苦しいものです。
F君のご両親は、「これを打てば良くなるから」と言ってF君を励まし、F君はそれを信じ、我慢して注射を打ち続けたそうです。
最期、もう手の施しようがないくらいに悪化して、息を引き取る直前のFくんは、消え入りそうな声で「注射…打って…」と懇願したというのです。
「注射を打てば、よくなる」、ご両親の言葉を信じ、何度も何度も痛みに耐えて注射を打って来たF君はまた注射を打てば、自分はまだ生きられるんだ、そう思って、注射を打って欲しいと何度も何度もご両親に頼みこんでいたそうです。
その姿が今でも目に焼き付いて離れない…ご両親は目を真っ赤にして僕にそう話してくれました。
あれだけ病気がちだった弟も、今ではすっかり病気知らずでスポーツ推薦で大学にいくほどになりました。
幼かったこともあり、弟はF君のことも含めて、入院生活のことはほとんど覚えていないようですが、僕はF君とご両親のことは一生忘れないでしょう。