盲導犬の最初で最後の抵抗



私がかつて知っていた盲導犬のサリーの話です。

サリーはとても頭のいい犬でした。

盲導犬としての訓練を優秀な内容で終え、飼い主さんのもとへ預けられました。

サリーは晴れた日も、雨の日も、嵐の日も、ご主人様の目となって歩き続けました。

盲導犬が覚えなければならないことの1つに、「絶対に飼い主に逆らわない」というものがあります。

賢いサリーももちろん、一度もご主人さまに逆らったことなどありませんでした。

機嫌が悪い日のご主人さまにどんなことを言われても、素直に従い続けていました。

時には理不尽な命令をされても、絶対に逆らったりしませんでした。

ただ、どんな盲導犬にも、「定年退職」する日が必ず訪れるのです。

盲導犬は自分の欲求をすべて抑え、ご主人様に仕え続けるようしつけられているので、とてもストレスが多く体力的に限界に達するのも早いそうです。

だからサリーにも、定年退職する日がやってきました。

ご主人さまに連れられてやってきたのは、定年後の盲導犬たちが余生を暮らす施設でした。

そこで、ご主人様はサリーに語りかけたのです。

「今まで長い間、私の目になってくれてありがとう。ご苦労様でした。本当にお疲れ様。今日からはここで、ゆっくりと余生を送っておくれ」

その施設は、引退した盲導犬たちが何不自由なく暮らせる楽園のような場所です。

長年、サリーにストレスをかけ続けたご主人様もサリーにこれからはストレスを感じずに幸せに暮らしてほしい、そんな思いから選んだ場所でした。

「さぁ、サリー、これからはもう私の面倒を見なくてもいいんだよ。好きなことをしてくらせばいいんだ。これまで、本当にありがとう。さぁ、お行き」

ご主人様はサリーを促しました。

楽しい余生を送ってくれよと願いを込めて送り出そうとしたのです。

でも、サリーは一歩も動きませんでした。

これまで通り、ご主人さまの目となりご主人様を守るため、ご主人様のそばを一歩も離れようとはしなかったのです。

ご主人様に、もう行っていいんだよと促されても、サリーは自らの務めを果たし続けようとしていました。

ご主人様がどんなに説得を試みても、もう自分の目の代わりを務める必要はないということを話しても、サリーはご主人様のもとから離れようとはしませんでした。

これまでに一度も、ご主人様に逆らったことのなかったサリー。

生まれて初めて、ご主人様の命令に逆らった瞬間でした。