愛犬の死を乗り越えて



私の犬に関する思い出話をしようと思う。
焦げ茶色のダックスフントで、名前はソラ。私が生まれる前から両親が飼っていて、生まれた時から一緒だった。


ソラは小学校低学年の時に死んじゃって、まあ今思えば大往生だったと思うんだけど、まだ小さかった私はソラの死が理解できなかった。
「ソラがいない!ソラがいない!」と泣いて両親を随分と困らせたのを今でも覚えている。


ソラが死んで数週間後に、老夫婦が隣の部屋に引っ越して来た。
なんと、その夫婦もダックスフントを飼っていて、その犬がソラにそっくりだったのだ。
私は「ソラが隣の家にいる!帰って来た!」と大騒ぎをして、母は申し訳なさそうに頭を下げていた。
しかし、ソラの死を理解できていない私は、勝手にあの犬はソラだと信じ込んでいた。


私はエレベーターで、ダックスフントを連れた老夫婦と一緒になった時、ソラが突然起きなくなり、その後いなくなったこと、この犬がソラにそっくりなことをまくしたてるように話しかけた。
今も思うとどんなに迷惑だっただろうと思うけど、その時はおかまいなしだった。
するとおばあさんの方が優しい口調でこう言った。
「お嬢ちゃん、この子はソラちゃんかもしれないね。生まれ変わりっていうのがあって、特別な犬は生まれ変わるんだよ。
大好きな飼い主のところに帰ってくるんだよ。」と。
私はその言葉で舞い上がった。「やっぱりこの子はソラなんだ!」と飛び上がって喜んだ。
老夫婦はニコニコしながら喜ぶ私を見ていた。


その日から、その老夫婦のダックスフントは私が散歩係になった。
老夫婦はそのダックスフントを「ピノ」と名付けていたようだったけど、私は頑なに「ソラ」と呼び続けていた。
しかし、散歩をするうちに私は気づいていた、
母も、その夫婦も、何も言わなかったけれどこの犬はソラじゃないのかもしれない…。
私は、「この子は、ソラじゃないんだね。」と漏らした。
老夫婦はにっこり笑って「この子はソラちゃんとは違うかもしれない、でも、あなたが初めてこの子を見た時、ソラちゃんを思いだしたなら、この子にもソラちゃんが宿っているんだと思う。
死んだ命のことを無理に忘れることはないんだよ。ソラちゃんだと思って、たくさん可愛がってちょうだいね。」
と言ってくれた。
私は、この言葉を聞いてから、胸がスッと軽くなったような気がした。
初めて、ソラの死を受け入れられたのだ。


あれから、ペットだけでなく、家族や親戚などと辛い別れを経験してきたけど、ふと面影を感じる人に会うたびに、その人が宿っているような気がして嬉しくなる。
死を悲しいもの、悲しみを少しでも早く忘れなければいけないもの、という考えではなく、いたるところで死んだ命を感じ、受け入れさせてくれたソラとピノ、そしてあの老夫婦との時間は今でも私の宝物だ。



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