田舎の実家で暮らす父がラブラドールの子犬、ジョンを飼ったのは約10年前のことだ。
明るく太陽のような母が急死してふさぎこんでいる父を心配した近所の友達や子供たちで相談し、知り合いの動物病院で保護していた子犬を無断で引き取り、「じゃ、お願いね!」と半ばムリヤリ暮らさせた。
最初は「早く引き取りに来い!」「噛みつくわ、もらすわ、とんでもない犬だ!」という怒りメールが来ていたけれど、元々保護していた獣医さんがさり気なく様子を見に行きアドバイスをしたり、近所で犬を飼っているおばちゃんが散歩に誘ってくれたりしている間に、「お手ができたぞ。ジョンは天才だな」というメロメロなメールに変わっていった。遊びに行くと、今まで見たことのない父の笑顔と明るいおしゃべりに出会えた。ジョンも父にとても懐いていて、どこに行くにも一緒だった。
しかし、父は急に倒れて意識が戻らないまま、亡くなってしまった。
お葬式や遺品の整理などでしばらく実家に滞在しているとき、ジョンをうちで引き取ろうかという話になった。兄家族はマンションだし、妹はひとり暮らしなのでジョンと生活するのは難しいだろう。うちの息子もジョンが大好きで、実家に来るたびずっと遊んでいたので問題ないと思った。
しかし、問題は大あり。
我が家ではなく、ジョンにだ。
ジョンは窓の近くに置いているリクライニングチェアの上に乗って動こうとしない。もちろん食事をするときやトイレ、散歩などにはちゃんと移動するのだが、用事が終わるとすぐに戻ってしまう。どかそうとすると、低く唸って抵抗する始末だ。
これじゃあ引き取れない…と悩み、よく家に来てくれていた獣医さんに相談すると、あのチェアに父が座ってくつろいでいると、ジョンはその父にもたれるようにくっついていたんだそうだ。
「きっと、お父さんと一緒にのんびり過ごした日々を思い出しながら、寂しさを埋めているんだろう」と言われると切ないような、でも温かい気持ちになった。
2人(1人と1匹)は、私たちが想像しているよりもっともっと幸せに暮らしていたんだと思うと、もう引き取るとは言えなくなっていた。ジョンにとっては、父との思い出がたくさんつまったこの家にいるだけで、一緒に暮らしているように感じられ安心できるのだろう。
結局、獣医さんと近所の犬仲間のおばちゃんやおじちゃんが交代でジョンの様子を見て、世話をしてくれることになった。ジョンが大好きな息子は休みのたびに時間を作ってジョンに会いに行っていた。
1年が過ぎたとき、ジョンは父を追うように静かに息を引き取った。偶然、看取った息子は「苦しんだりしないで、ナンか、笑っているように穏やかだったよ」と泣きながら教えてくれた。ジョンは父に幸せな老後を与えてくれただけでなく、孫である息子に優しさを教えてくれたのだと思う。