家族の泣ける話 父親の話

振り切って生きる

20代半ばで結婚し、妊娠しました。
小さなアパートで暮らしていたので

「子供を育てるならもっと広い所に行かないとね」

という話をしていたのですが、元夫は何か人ごとというか

「うん、そうだね」

とは返事をするけど実感がないというか。
心ここにあらず…と言った感じでおかしいとは思ったのですが、当時は自分のことで手一杯。
そして病院で出産。
実家には兄夫婦と子供がいたので、里帰りはせずアパートに両親と戻りました。

しかし、元夫がいない。

夜になっても帰らない、携帯は当時まだあまり普及しておらず、夫も持っていませんでした。
会社に電話したら
「帰宅した」

という。
夫実家も

「え?だって今日赤ちゃんが家に帰る日でしょ?うちにいるわけないじゃないですか」

という返事。
事件に巻き込まれた?まさか交通事故?と母と父が警察や親戚に電話するのを赤ん坊を抱えて呆然と部屋の真ん中で座ってみていました。

結局、元夫は失踪していました。
貯金が全部引き出されていて、元夫が会社で管理していた新幹線の切符が横領されていたことが発覚しました。
(切符の件は会社側の配慮で私の耳には入らず、後になって夫親から聞かされました。逃走資金だったようです)
初めての出産、初めての夫家出で呆然…とする暇もなく、とにかく子供を育てないと…
ああでもお金がない…どうしたらいいの~~と泣く私と赤ん坊の話を聞いた友人達がカンパを募ってくれ、更に出産経験のある友人や友人姉が手伝ってくれました。
両親や親戚にも何度も助けられました。
本当に感謝しきれません。

失踪届を出した後、夫とは離婚をしたのですが、夫親とは交流があり、援助も受けました。
顔を合わせる度に夫のしたことを謝られましたが、夫親達がしたことでもなく、何より当時の自分は生活に必死で他人を恨む暇もありませんでした。
そしてご夫婦は相次いで亡くなり、元々二人ともあまり体が丈夫ではないときいていたのですが、それでも平均寿命よりはるかに早く、息子である元夫の事で抱えた心労が影響したんだろうと思います。

そして息子が6年生になった日、突然義実家(元夫の妹が婿を取って住んでいる)に元夫が現れました。
今まですまなかった、と妹さんに土下座し

「俺の子供はもう中学生なので、現れても良いと思った」

と。
妹さんも息子を可愛がってくれました。

「お前の子供はまだ6年生だ。自分の子供の年齢もろくに覚えてない、何が「現れても良いと思った」だ。
 父も母もお前のせいで体をこわして死んだ、お前なんか死ねばいい」

と元夫をののしり、追い出そうとしたところ、逆上した元夫に殴り蹴られ、騒ぎを聞きつけた隣家の方に取り押さえられ、その方々にも怪我を負わせ、元夫は警察のご用となりました。
妹さんは入院となりましたが

「言いたいことを全部言ってやった。後は本当に死んでくれたらいい」

その関係で話を聞かれましたが、警察の配慮で接触はなく、

「元夫さんは経済的に困窮しているし、色々追い込まれてる状態です。
 これは形式として聞くのですが、
 貴女は元夫さんと子供の親なり、親戚なり、友人なりとして関わっていくつもりはありますか?」

と聞かれました。私はもちろんNOと答えました。

「それがいいでしょう、いや、私が勝手にそう思っただけですけど」

と言われましたよ。

妹さんからの伝達で、失踪している間は女と一緒だったようです。
その女の家兼店で生活していたが、その女の店に手配が入り、潰れ、女は逮捕された、行くところが無くなり、借金も抱え、実家を頼ったようです。

「俺にはこの家に関して権利がある。過去に色々したとしても、俺には権利がある」

そうです。
「893かぶれで情けないチンピラだった」そうです。

妹さんは弁護士から

「女が出所したらもっと厄介なことになるかもしれません。
 法律でダメだからと、引き下がるような人ばかりじゃないんです」

と説得され、実家を売り引っ越すことになりました。
「お互いの為に」住所は教えず、携帯番号とPCのメールアドレスだけを教え、会う時も接点のない他県で会うようにしよう、と。
兄である元夫のしたことを最も恥じていて、親戚の中でも息子に最も愛情を注いでくれた妹さんでした。
彼女は確かに私の(義理の)妹でした。
馬鹿な男のせいで入院し、思い出深い土地を逃げるように離れなければならない妹のことを思うと悲しかった。
その悲しみと同時にもの凄い憎しみが湧いてきました、もちろん元夫に。
女はどうでも良かったです、私達とは生きる世界の違う人間だったんでしょう。
妹に対する悲しみや、今まで味わってきた惨めさや苦しみが一気に爆発しました。
「殺してやろう。苦しめて殺してやる。誰がひと思いに殺してやるか」と本気で考えました。
元夫が留置されている警察署に包丁5本とロープを持って車で乗り付け、さぁ殺す、絶対殺す、苦しめて殺すぞ、と車を降りようとしたとき、携帯が点滅しているのに気付き見ると、母からのメール。
息子の志望している中学校を見学に行く予定についての返信でした。
「遅くなってごめんね」と書かれているのを見て「両親を犯罪者の親にはできない。いやそもそも、私まで犯罪者になったら息子にどう顔向けするんだ」と我に返りました。
(同時に「あんなクズを殺しても私は犯罪者なのか」ともう一腹立ちしました)

それから一年、元夫のことは考えないように生活し、元夫の現状は何もわかりません。
中学受験に成功した息子の入学式を無事終え、振り返ってみると元夫には酷い目にあわされたけど、それ以外では私の周囲には本当に優しい良い人ばかりだった、なんて恵まれた人生だったんだろうと、しみじみ感じ、元夫のことは完全に振り切って生きていこうと誓った。

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