動物の泣ける話

うつ病の俺を支えてくれたもの

新しい部署に異動して数カ月、職場になじめずにいた俺は気づいたら軽度のうつ病になっていた。
自分でおかしいと思ったわけじゃなく、最近、連絡が取れなくなった俺を心配した友達が訪ねてきて、ほぼムリヤリ部屋に入って雑談した後で、いきなり「今、保険証持ってるか?」と言ってきたんだ。わけがわからないまま保険証を持って連れ出され、病院の前まで来とき、こいつは確か心理臨床だか、カウンセラーをしていることに思い当たった。

その後、しばらくの間、実家で療養することになった。
といっても自分で決めて行動したわけではなく、友達が親に連絡して会社に出す書類などの手配を手伝ってくれたのだが、全部、後から聞いた話。実は記憶があまりなくて、気づいたら実家に帰っていた…というのが俺の印象だ。

実家にいる雑種の花子はもう13才くらいの立派なおばあちゃん犬だけど、耳が遠くなったくらいで元気に散歩もしている。
花子は自分の世話をしている母親にべったりだったはずなのに、このときはなぜか俺のそばから離れようとしなかった。窓を開けてぼーっと庭を見ていると、気づくと隣に花子が寝そべっていたり、俺が座るとひざに乗ってくるし、俺の布団に入って寝ようとする。最初は「なんだよ、邪魔だな」と思っていたものの、ただじっと寄り添ってくれている感じと撫でたときの温もりにだんだんと自分が変化していくのがわかった。

そんな何もしない生活が1カ月過ぎたとき、花子がリードをくわえて俺のそばにやってきた。
きっと前だったら無視していただろう。でも、このとき、なぜか「散歩に行ってみるか」と思えたのだ。そんな長い時間ではなかったけれど、花子と一緒にゆっくり歩いて家に戻ると心地いい疲労感みたいなものがあって、それから散歩が俺の日課となっていった。

しばらくして、俺を病院に連れて行ってくれた友達が実家に遊びに来た。
一緒に散歩に行くことになったので、せっかくだしいつもより少し遠出をすることにした。公園というか単なる広場まで来て、花子を自由にさせていると「だいぶ顔つきが変わったな。花子ちゃんのおかげかな」と言われて、あー、そうかと納得した。花子は俺の状況を察知して心配だから、一緒にいてくれていたんだ。そして、ふと気づくと俺の足元には花子がお座りをして、「どうしたの?」というような顔をして見上げている。

このときから、俺はきちんと治療をしなきゃと思うようになった。
俺を強引に病院に連れて行って実家に帰る手配をしてくれた友達と、何も言わずに受け入れてくれた両親、そして、常にそばにいて愛情と温もりを与えてくれた花子がいてくれたから、時間はかかったけれど何とか職場復帰もできた。そして、ちょっと疲れたなと思ったときや予定のない休日には実家に戻ることにした。不思議なもので、今までは面倒だった帰省がちっとも苦じゃなくなり、むしろストレス解消となっているようだった。

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