恋愛の泣ける話

【恋愛の泣ける話】消化現場から燃え上がった恋心

五年前のある日、ある病院から火災発生の通報を受けた。

湿度が低い日だったせいか現場に着いてみると既に燃え広がっていた。

救助のため中に入ると一階はまだ何とか形を保っていたので、そこを同僚に任せて先輩と二人で階段を上った。

 

二階は見渡す限り火の海になっており、煙が廊下を覆っていた。

先輩は西病棟を、俺は東病棟の病室を回り要救助者を探した。

出火場所は二階のようでフラッシュオーバーの可能性も考えられたので時間との戦いだった。

 

東病棟を回っていくと一番奥の病室にだけ女性が一人いた。

声をかけたが気を失っていて反応がなく危険な状態だったため、急いで抱きかかえて救助した。

 

数日後、俺は不意にあの女性がどうしているのかが気になり、病院に連絡をとってお見舞いに行くことにした。

看護師に連れられて病室へ行くと彼女はベッドの上で会釈した。

改めて会ってみるととても可愛らしい人だった。

 

「お体は大丈夫ですか?」

 

と聞いたが彼女は首を傾げるだけだった。

 

看護師が少し困ったような顔をしながら紙に何かを書いて渡すと彼女は笑顔になって、

 

「ありがとうございました。大丈夫です!」

 

と書いて俺に見せた。

彼女はろうあ者だった。

 

しばらく二人きりで筆談し、趣味のことや小さいころのことなど色々なことを話した。

耳が聞こえないということを感じさせないくらい前向きな人で本当に楽しいひと時を過ごすことができた。

彼女は

 

「もしよかったらまた来てくださいますか?」

と少し心配そうに聞いてきたので

 

「では、またお邪魔します。」

と答えて病室を後にした。

 

彼女と話すために手話を勉強し始めたり、好物のお菓子を持っていったり・・・。

そんな関係が続いて二ヶ月ほど経った非番の日。

俺はやっとどうしようもなく彼女に惹かれていることに気づいた。

彼女のことを考えない時がない。

俺はこの気持ちを告白することを決意した。

 

彼女の病室の前まで来たのだが、いざ取っ手に手をかけると緊張のあまり、手が震えた。

一度、深呼吸をして気持ちを落ち着けてから引き戸を引いた。

 

その日は冬にしてはよく晴れて暖かい日であり、やわらかい日差しが窓から差し込んでいたのをよく覚えている。

彼女はその光に包まれながら読書をしていた。

いつもの童顔で可愛らしい雰囲気とは違い、どこか大人っぽい感じがして思わず見蕩れた。

俺が来たことに気づいた彼女はいつものようにニッコリ笑って本を閉じ、それからはいつもと変わらない時間を過ごした。
その中で

 

「大事な話があるんだけど聞いてくれるかな?」

 

と切り出した。

彼女が頷いたので思いの丈を紙に書いて渡した。

彼女はそれを見て不安そうな顔をし、何かを書き付けて寄こした。

紙には

 

「私、耳聞こえないんだよ?一緒にいたら大変だよ?」

 

と書いてあった。

すごく寂しそうな顔をしていた。

返事を一生懸命に考えてはみたが、残念ながら気の利いた言葉を言えるような素敵な男ではないので思っていることをそのまま書いた。

 

「ただ傍にいたい。いつだって力になりたい。そんな理由じゃダメかな?」

 

ダメ元だった。

それを見て彼女は泣き出し、震える手で

 

「ありがとう。おねがいします。」

 

と書いた。

 

つきあっていく内に茄子と稲光が苦手だとか、実は甘えん坊で頭を撫でられたり抱きしめられるのが好きだとか、知らなかったたくさんの面を知ることができた。

 

つきあい始めてちょうど二年が経った日にプロポーズした。

相変わらず飾り気のない言葉だったが、嫁は顔を赤らめて少しだけ頷いてくれた。

ご両親には既に結婚を承諾してもらっていたが、一応の報告と式のために二人の故郷、能代へと帰省した。

 

もうじき結婚生活三年目だけど、感謝の気持ちを忘れたことはないよ。

どんな時でも笑顔で送り出してくれる嫁がこうして傍にいてくれるからこそ、死と隣り合わせの火災現場でも俺は頑張れるんだから。

 

今からちょっと抱きしめてくる。

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