恋愛の泣ける話

桜と最後の嘘

僕は良いところなど一つも無いと言って良い程、嫌な人間だった。

ルックスに自信は無く、頭も良くはない。そして、人に平気で嘘を吐く卑怯者。

僕に構う人など誰も居なかった。もちろん避けられている訳じゃない。だけど僕に興味を持つ人も居なかった。

僕自身、それで良いと思っていた。

そんな時、僕は彼女に出会った。

僕の言う『彼女』というのは、高校の同級生のことだ。席が隣というだけの、特別でも何でもない関係。

だけど彼女の笑顔がとても眩しくて、いつの間にか一緒に居たいと思うようになっていた。

卑怯な僕は、彼女に好かれたいがために、色々な嘘を吐いた。

彼女は僕の嘘に気付いていないようで、話を真剣に聞いてくれた。

彼女の意識がこちらに向いているだけで、とても幸せになれた。

その後、僕たちは次第に仲良くなり、付き合うに至った。

その時に決めたことが一つ。絶対に嘘や隠し事はしないこと。

僕は正直困った。だけど、嘘吐きは今更やめられない。

付き合い始めても、僕は今までのままだった。

付き合い始めてから半年が経ち、二人で桜を見に行くことになった。

僕はその日、テストで赤点を採ってしまったため、補習に出なければならなかった。

でも、彼女にそんなところを見られたくない。知られたくない。

「ごめん。その日は習い事があるから…」

僕はやはり卑怯者だから、嘘で誤魔化した。彼女は信じて疑わなかった。

お花見は予定していた日の翌日に延期となった。

そして、花見当日。

集合場所に行ってみると、彼女は肩を怒らせてそこに居た。

事情を聞いてみると、前日の補修のことがばれていた。先生から聞いたと言う。

「何で嘘なんか吐いたの。隠し事なしって約束したのに」

彼女の目には、涙が光っていた。

「別に私は頭悪いのが嫌だなんて一言も言ってないのに。それならそれでちゃんと言ってよ。私は、嘘吐きが一番嫌い」

彼女は走り去った。集合場所の目印だった満開の桜の木の下に、涙の雫が幾つも落ちていた。

地面に吸い込まれてしまっていたから、もしかするとただの水かもしれない。だけど僕はそう思った。

別に人に嫌われても良い。

前まではそう思っていたはずだ。でも、恐れが止まらない。もし彼女に愛想を尽かされたら…、と。

自業自得なのだ。例えそうなったとしても、自分が悲しむ資格など無い。

それでも、一度手にしてしまった幸せを手放したくなかった。

数日後、僕は彼女に謝るべく彼女の家を訪れた。

彼女は、

「ごめんね。私、怒り過ぎちゃった」

と逆に僕に頭を下げた。

桜は彼女の一番好きな花らしい。だからこんなに怒ってしまったのだと、彼女は言った。

彼女が謝ることじゃない。そうは思ったが、なぜか僕は頭を下げることが出来なかった。やはり僕はダメ人間だ、と心から思った。

傷つけたはずなのに、彼女は何事も無かったかのように僕に接してくれる。申し訳ない気持ちで一杯になった。

それ以来、僕は嘘を吐かないように心掛けている。

そんなある日のこと。

彼女に脳腫瘍が見つかった。

部位的に切除は難しいとのことだった。

そう言われてみれば、最近確かに彼女の様子はおかしいような気がした。何でもっと早く気付けなかったのか。そればかり悔やんだ。

彼女は泣いていた。僕も一緒に泣いた。男が泣くなんて恥ずかしいかもしれない。それでも泣かずにはいられなかった。

何度も運命を呪った。でも既にどうしようもなかった。

彼女は入院した。だが放射線治療も虚しく、脳腫瘍はそのまま、いや寧ろ大きくなって行った。

やがて医師から、余命三か月を宣告されてしまった。

辛いはずなのに、彼女は笑っていた。それどころか、

「次のお花見までは頑張るから大丈夫!」

なんて言っている。

医師の言ったことが本当だとしたら、それは間に合わない。

「一緒に頑張ろう」

これは決して嘘なんかじゃない。心から、そう思ったのだ。

彼女は大きく頷いた。

だが、彼女の容体は日に日に悪化して行った。

脳腫瘍のせいか、身の回りのことが段々分からなくなって行く。

そんな彼女を僕は祈るような気持ちで見つめていた。

余命宣告の三ヶ月は乗り越えた。

しかし桜の季節はまだ来ない。到底、間に合いそうもなかった。

それどころか、後一日か、二日か…。

僕は悲しい気持ちで一杯になった。

僕は、彼女の最後のお花見を、悲しい思い出にしてしまったのだ。

次こそはきちんとしようと思っていた。あれから嘘は吐いていない。

赤点など採らないように、頑張って勉強もしていた。

きっと次なら、彼女と楽しい時が過ごせる。

それなのに『次』は彼女にやって来ない。

彼女の病室に行くと、彼女はこう言った。

「ねえ…窓の外を、見て…桜のつぼみが膨らんでいるでしょう?」

そんなものは見えるはずがない。もしかすると、彼女は幻覚を見ているのかもしれない。

僕が答えに迷っていると、彼女は不安気に僕に言った。

「次こそは、楽しい思い出に…しようね?」

嘘や隠し事はしない約束。だけど今ここで『無理』と言ったら、彼女は悲しむだろう。

最後くらい、幸せな気持ちでいて欲しかった。

「うん。絶対、一緒に見るよ」

今日だけは、嘘を吐いてもいいよね。

今この瞬間だけは、許してくれるよね。

心の中では泣いている。僕の表情は笑っている。もしかしたら引き攣っていたかもしれない。

でも、それにつられたように、彼女に笑顔が戻った。

そして彼女は、この世を去った。

僕はその前の日に、病室中に桜を飾っておいた。もちろん偽物だ。物置から引っ張り出して来たから、色褪せている。

でも、彼女は嬉しそうだった。

「桜、一緒に見れたね」

最後の一言だった。

今までで一番泣いた。こればかりは、プライドなんて関係なかった。ただただ悲しかった。

僕は彼女と出会って、変わった。

約束は守っている。

あの時に頑張った勉強が実を結び、それまでは考えられなかったような場所で働いている。

ルックスは相変わらずだが、そんなことはどうでも良い。

今度天国に行って彼女に会った時、誇れるような自分でありたい。

だけどそれまでは、この一言に尽きる。

本当に、ありがとう。

僕は良いところなど一つも無いと言って良い程、嫌な人間だった。

ルックスに自信は無く、頭も良くはない。そして、人に平気で嘘を吐く卑怯者。

僕に構う人など誰も居なかった。もちろん避けられている訳じゃない。だけど僕に興味を持つ人も居なかった。

僕自身、それで良いと思っていた。

そんな時、僕は彼女に出会った。

僕の言う『彼女』というのは、高校の同級生のことだ。席が隣というだけの、特別でも何でもない関係。

だけど彼女の笑顔がとても眩しくて、いつの間にか一緒に居たいと思うようになっていた。

卑怯な僕は、彼女に好かれたいがために、色々な嘘を吐いた。

彼女は僕の嘘に気付いていないようで、話を真剣に聞いてくれた。

彼女の意識がこちらに向いているだけで、とても幸せになれた。

その後、僕たちは次第に仲良くなり、付き合うに至った。

その時に決めたことが一つ。絶対に嘘や隠し事はしないこと。

僕は正直困った。だけど、嘘吐きは今更やめられない。

付き合い始めても、僕は今までのままだった。

付き合い始めてから半年が経ち、二人で桜を見に行くことになった。

僕はその日、テストで赤点を採ってしまったため、補習に出なければならなかった。

でも、彼女にそんなところを見られたくない。知られたくない。

「ごめん。その日は習い事があるから…」

僕はやはり卑怯者だから、嘘で誤魔化した。彼女は信じて疑わなかった。

お花見は予定していた日の翌日に延期となった。

そして、花見当日。

集合場所に行ってみると、彼女は肩を怒らせてそこに居た。

事情を聞いてみると、前日の補修のことがばれていた。先生から聞いたと言う。

「何で嘘なんか吐いたの。隠し事なしって約束したのに」

彼女の目には、涙が光っていた。

「別に私は頭悪いのが嫌だなんて一言も言ってないのに。それならそれでちゃんと言ってよ。私は、嘘吐きが一番嫌い」

彼女は走り去った。集合場所の目印だった満開の桜の木の下に、涙の雫が幾つも落ちていた。

地面に吸い込まれてしまっていたから、もしかするとただの水かもしれない。だけど僕はそう思った。

別に人に嫌われても良い。

前まではそう思っていたはずだ。でも、恐れが止まらない。もし彼女に愛想を尽かされたら…、と。

自業自得なのだ。例えそうなったとしても、自分が悲しむ資格など無い。

それでも、一度手にしてしまった幸せを手放したくなかった。

数日後、僕は彼女に謝るべく彼女の家を訪れた。

彼女は、

「ごめんね。私、怒り過ぎちゃった」

と逆に僕に頭を下げた。

桜は彼女の一番好きな花らしい。だからこんなに怒ってしまったのだと、彼女は言った。

彼女が謝ることじゃない。そうは思ったが、なぜか僕は頭を下げることが出来なかった。やはり僕はダメ人間だ、と心から思った。

傷つけたはずなのに、彼女は何事も無かったかのように僕に接してくれる。申し訳ない気持ちで一杯になった。

それ以来、僕は嘘を吐かないように心掛けている。

そんなある日のこと。

彼女に脳腫瘍が見つかった。

部位的に切除は難しいとのことだった。

そう言われてみれば、最近確かに彼女の様子はおかしいような気がした。何でもっと早く気付けなかったのか。そればかり悔やんだ。

彼女は泣いていた。僕も一緒に泣いた。男が泣くなんて恥ずかしいかもしれない。それでも泣かずにはいられなかった。

何度も運命を呪った。でも既にどうしようもなかった。

彼女は入院した。だが放射線治療も虚しく、脳腫瘍はそのまま、いや寧ろ大きくなって行った。

やがて医師から、余命三か月を宣告されてしまった。

辛いはずなのに、彼女は笑っていた。それどころか、

「次のお花見までは頑張るから大丈夫!」

なんて言っている。

医師の言ったことが本当だとしたら、それは間に合わない。

「一緒に頑張ろう」

これは決して嘘なんかじゃない。心から、そう思ったのだ。

彼女は大きく頷いた。

だが、彼女の容体は日に日に悪化して行った。

脳腫瘍のせいか、身の回りのことが段々分からなくなって行く。

そんな彼女を僕は祈るような気持ちで見つめていた。

余命宣告の三ヶ月は乗り越えた。

しかし桜の季節はまだ来ない。到底、間に合いそうもなかった。

それどころか、後一日か、二日か…。

僕は悲しい気持ちで一杯になった。

僕は、彼女の最後のお花見を、悲しい思い出にしてしまったのだ。

次こそはきちんとしようと思っていた。あれから嘘は吐いていない。

赤点など採らないように、頑張って勉強もしていた。

きっと次なら、彼女と楽しい時が過ごせる。

それなのに『次』は彼女にやって来ない。

彼女の病室に行くと、彼女はこう言った。

「ねえ…窓の外を、見て…桜のつぼみが膨らんでいるでしょう?」

そんなものは見えるはずがない。もしかすると、彼女は幻覚を見ているのかもしれない。

僕が答えに迷っていると、彼女は不安気に僕に言った。

「次こそは、楽しい思い出に…しようね?」

嘘や隠し事はしない約束。だけど今ここで『無理』と言ったら、彼女は悲しむだろう。

最後くらい、幸せな気持ちでいて欲しかった。

「うん。絶対、一緒に見るよ」

今日だけは、嘘を吐いてもいいよね。

今この瞬間だけは、許してくれるよね。

心の中では泣いている。僕の表情は笑っている。もしかしたら引き攣っていたかもしれない。

でも、それにつられたように、彼女に笑顔が戻った。

そして彼女は、この世を去った。

僕はその前の日に、病室中に桜を飾っておいた。もちろん偽物だ。物置から引っ張り出して来たから、色褪せている。

でも、彼女は嬉しそうだった。

「桜、一緒に見れたね」

最後の一言だった。

今までで一番泣いた。こればかりは、プライドなんて関係なかった。ただただ悲しかった。

僕は彼女と出会って、変わった。

約束は守っている。

あの時に頑張った勉強が実を結び、それまでは考えられなかったような場所で働いている。

ルックスは相変わらずだが、そんなことはどうでも良い。

今度天国に行って彼女に会った時、誇れるような自分でありたい。

だけどそれまでは、この一言に尽きる。

本当に、ありがとう。

-恋愛の泣ける話