家族の泣ける話

ねえやの恋

私たちはつくづく自由な時代に生きていられるな、と思うことがあります。

私は介護の仕事に就いていますが、利用者さんの若い頃の話を聞く機会が多く、一人ひとりの過去の話を聞いていると、どうしてもそう思えてしまうのです。

好きなところへ行き、好きなことをし、好きな人と恋愛する。
そんなことが当たり前に叶う今の時代。
それがなかなか出来なかった窮屈な時代を生きてきた人たち。

そんな人たちの話はどれもがとても切なく、そして時にとてもロマンティックに聞こえます。

ある利用者さんの話を聞きました。
その利用者さんはMさんと言って、とてもふくよかな女性です。

歯が一本もない口で硬いせんべいでも、難なく食べることができてしまうことが自慢のMさん。
踊りや歌が大好きで、いつも人を笑わせてくれる朗らかな女性で、他の利用者さんにも私たち職員にもとても愛されていました。

そんなMさんが、「昔むかしの叶わなかった恋愛」の話を聞かせてくれたのです。

当時のMさんは、ある大地主さんのお宅で奉公していたそうです。
家事や主となる人々の身の回りのお世話、こまごました仕事を任されていたMさん。

そのお宅には、Mさんより五つ年上の息子さんがいらっしゃり、その息子さんには「ねぇや」と呼ばれ親しまれていました。
Mさんもその「ぼっちゃん」とは歳も近いこともあって、まるで家族のような、それ以上のような存在として大切にしていたそうです。

ある日、ぼっちゃんが「ねぇやにこの家の秘密を教えてあげる」と言い、使っていない布団がたくさん納まっている部屋に連れていかれました。
なんだろうと思ってみていると、ぼっちゃんがそっと布団の間に手を入れ、何かを取り出しました。

なんとそれは「ピストル」だったそうです。
その時の驚きと恐怖を、Mさんは少しおどけながら私に教えてくれました。

当時ピストルを隠して持っていることがどんな意味があるのか、それがどこまで事実なのかは定かではありませんが、ぼっちゃんが「ねぇや」であるMさんをどれだけ信頼していたかが分かります。

それから数日後、家に数名の人がおしかけ、こう言うのだそうです。

「この家にピストルを隠しているのではないか」と。
家族もその他の奉公人も誰一人そのことを知らないなか、Mさんは、「自分は隠し場所を知っている」と名乗り出たそうです。

そのあたりの話はMさん自身記憶が曖昧になっているようで飛び飛びではありますが、とにかく、その一件でMさんは「息子(ぼっちゃん)と、どうして布団部屋になど行ったのか。ただならぬ仲になっているのではないか」と、疑われてしまったのです。

そしてMさんはその家のご主人に呼び出され、こう言われました。

「お前がどれだけ息子と好きあっていようと、身分が違うものが結ばれることはあってはならない」と。
そして、二度とその家に足を踏み入れることも、ぼっちゃんと通じることも出来なくなってしまったのだそうです。

Mさんはその家を追い出されてから、ぼっちゃんに宛てて何度も手紙を書きました。
ですが何通書いても一向に返事は来なかったのです。

そうしているうちに月日は流れ、当時幼馴染だった今の旦那さんと結婚したのだそうです。
Mさんは旦那さんにとても大切にされ、子供にも恵まれ、幸せな家庭を築きました。

そんなある日、Mさんを尋ねて一人の紳士がやってきたのです。
「こちらはMさんのお宅ではありませんか」と言うその身なりのいい男性は、なんとあの「ぼっちゃん」ではありませんか。
Mさんは驚き、同時に懐かしさがあふれ出してきました。

そして、なぜ手紙の返事をくれなかったのかと聞きました。

ぼっちゃんはとても寂しそうに笑いながら、「あの頃、自分も何通もねぇやに手紙を書いた。ですが、Mさんのご家族がMさんの目に触れる前にすべて処分してしまい、同じようにMさんが僕にくれた手紙も、僕には届くことがなかったのです」と言ったのだそうです。

お互いに想いあっていたのに、手紙さえも許されなかった時代なのです。

なんと切ないことでしょう。

そして最後に、ぼっちゃんはMさんに聞きました。

「ねぇや、Mさん、今、ねぇやはちゃんと幸せですか」。

Mさんは「はい、幸せです」と答えました。

それきり、二人が生きて会うことはなかったそうです。

そんなMさんの優しい旦那さんもMさんを置いて数年前に他界してしまいました。
娘さんも、事故でMさんよりも早くこの世を去りました。

それでも、Mさんは今でも「ちゃんと幸せだったし、今でも幸せだ」と、いつもの笑顔で笑ってくれました。

今は好きな人に自由に想いを伝えることが出来るし、恋愛で頑張ることが出来る。

昔は恋愛で頑張るということすら叶わなかったのだということ。
それはとても切ない話です。

若い人はたくさんの人を見てたくさんの恋をして、そしてどんどんたくましくなっていって欲しいとMさんは言います。

すべてのことが制限されていた時代が確かにあり、その時代を支えてきた人の話には重みがあります。

Mさんのひとつの恋の話も、私にとって特別な物語としていつまでも心に残ることでしょう。

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