スポーツの泣ける話

奇跡のバックホーム

1996年8月21日、第78回全国高等学校野球選手権大会決勝。

阪神甲子園球場において愛媛代表・松山商業高校と熊本代表・熊本工業高校との間で行われた第78回全国高等学校野球選手権大会の決勝戦である。延長11回の熱戦となり、延長10回裏にサヨナラ負けの大ピンチを救った「奇跡のバックホーム」は、球史に残る名場面として今も語り継がれている

決勝戦は松山商対熊本工と古豪同士の対決となった。

決勝戦は、投攻守のいずれも松山商が優位に立つと見られた。

主将で三番の四国のドカベンこと今井康剛、6打点を上げている四番・渡部真一郎、打率4割5分5厘の五番・石丸裕次郎のクリーンアップトリオを中心に打線が好調な松山商を、熊本工の左腕・園村淳一がどう抑えるかが注目された。

9回裏、2-3と1点差を追う熊本工は四番の西本が見逃し三振、代打の2年生・松村も空振り三振を喫し、土壇場のピンチに立たされた。

松山商の捕手・石丸は外角低めのスライダーでボールになる球を要求するも、新田は首を振った。

それを見た監督の澤田や右翼を守っていた渡部は直球で勝負するつもりなのだと思っていたが、当の新田はスライダーのコントロールが効かなくなっていたことから、ボールにするためには直球しかないと判断したのである。

投じた125球目、ボールにするはずの直球は内角高めに入ってしまい、初球から直球を狙っていた澤村はバットを振り抜いた打球は左翼ポール際に飛び込み、起死回生の同点ホームランとなった。

試合は延長戦に突入し試合の流れは熊本工側へ一気に傾いていた。

延長10回表松山商は渡部が一塁ライナー、石丸が右翼フライ。向井が右翼前ヒットで出塁するが、久米が三振で無得点。

10回裏、熊本工の攻撃開始前、ベンチで澤田は既に疲れを見せていた新田に声をかけたが新田の「行けます」の一言で続投を決意した

し熊本工の先頭打者・星子が左中間を破る二塁打を放つと、澤田は新田を右翼の渡部と交代させた。

続く園村の送りバントで一死三塁。

ここで澤田は過去に同じサヨナラの場面で二回負けた苦い思い出があることから、満塁策を決断する。

新田に代わる守備固めに起用された矢野勝嗣(まさつぐ)は背番号9を付けた正右翼手で春の甲子園でも先発出場していたが、その後新田と渡部の先発二本柱が確立、新田が先発の時は渡部が右翼に入るという起用法をとっていたことから甲子園でもスタメン出場は渡部が先発した2試合のみと控えに甘んじていた。

澤田は右翼へ向かう矢野に「信じてるぞ」と声をかけた。

突然の交代となった矢野は、右翼へと着いた後肩を回して返球に備えた。

プレーが再開され、打席に立った本多は初球、高めのスライダーを振り抜いた。

打たれた瞬間、渡部はホームランだとサヨナラ負けを覚悟した。

NHK総合テレビの実況である高山典久アナウンサーが「行ったー! これは文句なし!」と言ったほどの大飛球であった。

だが、打球は甲子園特有の強い浜風に押し戻され失速、右翼線際へのフライとなった。

背走していた矢野は一瞬打球を見失いかけるも、前進して捕球、それと同時に三塁走者の星子はタッチアップし、サヨナラ勝ちが確実でも全力で走っていた。

カットマンに返球していたのでは万が一にも間に合わないと判断した矢野は、前進して捕球した勢いそのままに力任せにバックホームするも、二塁手と一塁手の頭上を大きく越える山なり送球となってしまった。

松山商の捕手・石丸も、普段の練習でも矢野が幾度となく大暴投を繰り返していたことを思い返し「またやったか」と星子のタッチアップ成功を覚悟した。

距離にして80mを超える矢野の返球は甲子園の浜風に乗って加速し、ホームベース三塁側手前にいた石丸へダイレクトで届いた。

それを捕球した石丸のミットは、石丸が捕球体勢に入るのを見てタッチをかわすように右足から滑り込んだ星子のヘルメットにそのまま直撃。

一塁側ファールグラウンドで見ていた田中美一球審はアウトを宣告した。

ダブルプレーで熊本工は3アウトとなり、絶好のサヨナラ勝ちの機会を逃した。

延長11回表の松山商は決め勝ち越しの4点目を奪った。

3時間5分の激闘を制した松山商は、三沢高校との延長18回引き分け再試合以来27年ぶり5回目の全国制覇を果たした。

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