私の母の話です。私には三歳年下の弟が一人います。姉の私から見ても、とても人懐こく、優しい性格の弟は、誰からも好かれるとても可愛い少年でした。母は弟を溺愛しており、私は母の愛情が常に弟に向いているようで、いつも少し寂しい気持ちを抱えながら幼少期を過ごしていたように思います。
母は小さくて細工の細かいものや、可愛らしいものを集めるのが好きで、ミニチュアのティーセットやガラス細工の人形などを少し大きめのガラスのショーケースに並べて飾っていました。その中に、どう見てもその辺りに落ちているようなただの石ころが、美しい千代紙を台紙にして飾られていました。一見ただの石ころのようでも、何か霊験あらたかなお守りのようなものなのかな?と、少し気になりつつも特に母に尋ねることもなく、私はそのまま大人になりました。
社会人になって程なくして東京への転勤が決まった私は、そのまま東京で出会った男性と結婚し、東京で暮らすこととなりました。娘を授かり、母となった私は、年に数回娘を連れて実家へ里帰りする程度でしたが、母は初孫である私の娘をとても可愛がってくれていました。娘が1歳半を過ぎた頃、帰省中に母が娘を連れて散歩に出かけていきました。散歩から帰った母は、いつものように娘と洗面所へ向かい、手を洗っていたのですが、母はしばらくそのまま洗面所で何かを洗っているようで、水音が続いています。どこか怪我でもして傷口を洗っているのかと心配になり様子を見に行ってみると、母は洗面所で小さな石ころを丁寧に洗っている所でした。
「それ、何?」と私が訪ねると「これはサキちゃん(娘)の『はい、どーぞ!の石』だよ」と嬉しそうに答えました。「ハイドウゾの石ってなに??」と私が怪訝な顔をしたのが面白かったのか、母は笑って「サキちゃんが今日初めて私に、『ハイ、どーぞ!』ってこの石をプレゼントしてくれたんだよ。初めての孫からのプレゼントだから記念に持って帰ろうと思って。あんたがまだ赤ちゃんだった頃に『ハイ、どーぞ』してくれた石も、ちゃんと大事にとってあるんだよ」とタネ明かしをしてくれました。「もしかしてそれって、母さんのガラスのショーケースの中の、千代紙の上に乗ってる小石?」と聞くと、「そうそう、あれはあんたの『ハイ、どーぞ!の石』。せっかくだし、あんたのの隣に飾っておくわ」と母は自室へ戻っていきました。
弟ばかり愛されている、と僻んで過ごしてきた私・・・。母の愛情は私にもちゃんと注がれていたのだということは、自分が子を産んだ今となれば勿論疑いようのないことではあるのですが、綺麗な千代紙の上にチョコンと大切に飾られた小石が、母の私への愛情の象徴であったことを知り、胸が熱くなりました。今母のショーケースには、私の分と、娘の分の、二つの「ハイ、どーぞ!の石」が仲良く並んで飾られています。