出世と引き換えに失ったもの



大学時代に優しくて家庭的で、自分にはもったいないくらいの女性に出会い、順調に交際をしていました。口下手で愛情表現が苦手な僕は、口には出さないもののこの子といずれは結婚するだろうなと感じていました。彼女も僕のことを愛してくれていて、このまま何事もなく結婚に至るのだろうと考えていたのです。

卒業後、国家公務員試験1種に合格し、官公庁で勤務をスタートさせたのです。官公庁の中でも激務と言われる部署に配属され、彼女とデートをする回数も徐々に減っていきました。それでも、彼女は僕の仕事を理解し、そして尊敬してくれていたので、なんとか関係を続けることができていました。本当にごくたまの休暇には彼女に連絡し、少しの時間でも合うことができるように自分なりに努力をしていたつもりです。それでも忙しすぎて1ヶ月に1回会えるかどうかという関係になっていましたが、彼女への気持ちが変わることはありませんでした。

そんな忙しい日々を過ごしていた頃、念願だった海外の大学院への進学が決まりました。官僚向けに設けられた制度で、行政官長期在外研究員制度を利用し、憧れだったパリのソルボンヌ大学へ2年間の修士課程のために渡仏することが決まったのです。その頃僕は留学が決まって浮かれていて、久しぶりに会った彼女にも留学のことをウキウキしながら話していました。今思えば、彼女はどこか浮かない顔をしていて、あまり僕とは視線を合わせようとはしませんでした。

留学がスタートすると勉強が楽しすぎて正直彼女のことを省みることは徐々に無くなっていきました。はじめのうちはメールや手紙のやり取りをしていましたが、彼女からの返信が遅れがちになり、とうとう音沙汰がなくなってしまったのです。彼女もきっと忙しいのだな、と前向きに考えて、留学生活をエンジョイしていました。留学が終わりになる頃には、メールをしても返事が返ってこなくなっていたのです。

楽しかった留学を終えて帰国をすると、すぐに彼女の携帯に連絡をしました。留学を終えて昇進が決まったことを嬉しそうに話すと、彼女は両親のすすめで別の男性とお見合いをしており、すでに挙式の日程までもが決まっているという衝撃の事実が、彼女の口から語られたのです。あまりにも急なことで動揺を隠せないでいると、もう連絡はしないで欲しいと告げられ、電話はプツリと切れました。ツーッ、ツーッという電話の電子音が、今でも耳から離れずにいます。